2018年2月のおにくんだより

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<お詫び>
ブログの更新時に今回の近況報告は2月と3月の合併号でとお伝えいたしましたが、誤りでした。
3月の近況報告はまたあらためてお届けいたしますので、お詫びして訂正いたします。


厩舎みちくささんから、おにくん(ナイキプラネット)の2月の近況報告が届きました。

2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した馬たちの救出や、救出後も福島で被災馬たちのお世話をし、厩舎みちくさを立ち上げてからもずっと見守り続けてくださっている脇坂さんの思いも綴られています。
あの悲しいできごとを決して忘れることなく、私たちがこれからでもできることをあらためて考えていくきっかけになるお話です。

「東北の富良野」と呼ばれている小高区大富
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今月は強風の日や雨の日が多かったり、相変わらず一週間の中で暖かい日と寒い日の変動が多いですが、牧草地の緑は色づき始め、日中と夜の寒暖差の開きが少ない日が出てきたので、馬達も幾分か過ごしやすかったのではないかと思います。
少しづつ暖かい日も増えてきたので外でお昼寝をすることも多くなり、平和な風景が広がっています。

新入りだったあいちゃんは、なんとマロンやダンスの間で牧草を食べるとこもあり、ひょうひょうと「馬カースト」トップのグループに属しているので他の馬達もびっくりしています。

そんな中、おにくんは相変わらず走り回る元気なキューちゃん、25 歳を追いかけてストーカーと呼ばれたり、寝ているあいちゃんを起こしたり、皆の馬着を引っ張ったり、自分が運動の時間になって、お呼ばれされるとそそくさ逃げたり、心の赴くままに、今月も皆様のおかげで本当に元気に過ごしています。
ありがとうございます。

走る25歳、追うストーカー(おにくん)
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寒立馬のあいちゃんの安眠妨害をするおにくん
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パーちゃんもあいちゃんの安眠妨害
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「おでこのネックラグ、脱がせてあげるね」とおにくん
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日向ぼっこ、からの、お昼寝
おにくんはセンターで立っているチェックの馬着です
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ローダーを運転(?)する柴犬ちびこ
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パーちゃんとおにくん
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そして今月はなんと、おにくんに馬着のプレゼントがありました!

プレゼントして頂いた馬着
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インスタグラムに UP したおにくんの馬着が破損していたのを目にしたおにくんの FPさんよりプレゼントしていただきました。
サイズもピッタリで良く似合っています、
ありがとうございます!!
おにくんの馬着は現在2枚が修理に回っているもの、破損のひどい子の物から(バラバラに崩壊してしまったパーちゃんの服とか)、縫い子のYさんに修理していただいているのでとても助かりました。 

新品馬着のかさこそ音に
「やべぇ、俺何かに取りつかれた」と挙動不審になるおにくん
「気を確かに?」と励まされていました。(笑)
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こちらは、あまりの馬着洗濯に悲鳴をあげた洗濯機
お疲れさん!
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この冬のトレンド馬着
馬、自ら加えたダメージ加工がほどこされています。
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<友情出演:厩舎みちくさの仲間たち>

ちびこ、にゃーご、おでこ
みんな仲良しのみちくさだニャ
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風で飛んできたたかおさんのクロックスを
ごしごし地面にこすりつけるマロンとそれを見るおでこ
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毎日新聞の記者の人に、カメラ大好きマロン
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小高に子羊が生まれたよ!
DSC_0935_original.JPGダンス
DSC_1033_original.JPGめい
DSC_1019_original.JPGたかおさんのシアトル土産
「エリザベス女王」と呼ばれるティンカー
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いよいよ震災から7年です。
あらためて当時を振り返りますと、おにくんやおでこ、マロン、コッチャン、エナコやハーモニィチトセチャンのいた厩舎では、避難までに全体の1/3の馬達が餓死しました。
本来は生き残った家畜は全て殺処分、との国の方針を「何とか助けたい」とチーム被災馬の元飼主さんの一人でもある親分の強い思いと働きかけで、福島第一原発の警戒区域設定後の20キロ圏内から南相馬29頭、浪江町3頭の合計32頭、四軒の家の馬達が国と県と市の許可を正式に受け、生きて避難することが出来ました。 

一方で馬の殺処分は一頭もいない中、多くの家畜は飢えに苦しみ、生き延びた後もそのほとんどが殺処分されることとなりました。
その畜主さん達も、自分たちの飼っていた家畜たちのその後の惨状に苦しみながらも、何とか少しでも生きながらえさせる手だてを模索し、研究の為に大学と協力して牛たちを繋養する取り組みをしたり、車両との交通事故や家屋を荒らしてしまうことで問題になっていた放れた家畜の囲い込みに取り組み、一丸となって活動されていたそうです。

元酪農家の方が毎年申告の度に、「今年はこの子牛生まれたなー」とか「あの牛、こうだったなー」とか考えながら手続きを進めるのに、「寂しくなったな、と思いながら確定申告をしたよ」との話も聞きました。
震災前、屋根に上って足が屋根から突き抜けたけれど、張りの上を自分で歩いて生還した「やねのぼり」と言う名前の牛がいたこと、放牧中の牛が逃げることを「脱獄」と言うこと、牛が逃げた時に選挙カーから「Tくん、Tくん、牛逃げてますよー」って呼ばれたこと、またある時は選挙カーの人達が逃げた牛を捕まえる手伝いをしてくれたこと、牧草ロールはそのまま置くと玉ころがしをして皆で遊んでしまうこと、色々な話を聞きました。

生活の中に牛たちがいて、最後まで人の為に働いてくれる牛たち。
そうやって日々生活を共にしていた牛や家畜たちがあのような形で最期を迎えることになったことを考えるといつも胸が張り裂けそうな思いで一杯です。 
 
馬達は避難後にも様々な問題や困難はあったものの、このことは馬の命を助ける、と言うことだけではなく馬の飼主さんの心を助けることが出来たのではないかと勝手な解釈かもしれませんが思っています。

当初は津波での怪我や皮膚病も酷く、元飼主さんの親分いわく「警戒区域から出すのがあと一週間遅かったら、皆亡くなっていた」と言われるような状況でした。
厩舎には6号線を超えて津波も来ていました。
それでも、警戒区域になる前にも、警戒区域設定後も自らの危険を顧みず被災馬達を救出するために馬運車で馬達を運んで下さった方々がいらっしゃいました。
また、北海道の日高町が町をあげて被災馬の避難受け入れをして下さいました。
引退馬協会を通して国内外問わず多くの支援が寄せられました。
あらためて、あれだけの惨状の馬達が今もよくこうして元気でいてくれたと思っています。

おにくん始め、みちくさにいる被災馬達ができることは、これからも感謝の気持ちを胸に、あの震災で起こったことを風化させないこと、常磐道隣から元気な福島をお届けすること、たくさんのことはできませんが、これからも続けることを目標に頑張って行こうと、心新たに思う7年目です。 

まだまだ満口になっていない被災馬フォスターホース達のフォスターペアレント(里親)さんを募集しています。
よろしくお願いいたします!

おにくんを支えて下さる"被災馬FP会員"
募集中!

預託料のバランスや、今後増えるかもしれない被災馬フォスターホースを考慮して、一頭ずつのフォスターペアレントの募集ではなく、ホーストラスト鹿児島に預託しているハーモニィチトセチャン、コッチャンと合わせて3頭まとめての募集となります。
オンラインからのお申込みや、 変更依頼フォームでのお申込みが可能となっております。
たくさんの方にFPさんになっていただければ幸いです。

被災馬FP会員: 0.5口(月2000円)~
注)引退馬協会の新規会員になる方、賛同会員からFP会員になる方は
別途引退馬協会の会費が1000円(月)かかります。


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